出口のない陰謀論からの卒業
正直陰謀論にハマったことで精神的に辛い思いをしてしまった。
ハマればハマるほど正義感のため興奮し暗闇に引きずり込まれる。陰謀論には出口がないのだ。当時は本当に一生懸命だった。本当に世界は大変なことになると思っていたしなんとかしなければと思っていた。
だんだん遡って徳川家だの天皇家だの始まってしまいには歴史のルーツを追い求める。
さらにどんどん調べれば今度は宇宙に飛んでゆく。もう訳がわからない。そしていつも最後にはこう思う。。。これからどうなるんだろう?と。心配ばかりが渦巻き仕事も手につかなくなる。正直陰謀論で私の生活のリズムは大いに狂わされた。
恐らくそんな風に苦しんでいる人は少なくないはずだ。
RAPT理論より
ツイッターで麻生太郎と検索するとネガティブなコメントがほとんどである。自分の国の財務を扱う人が悪口で溢れかえっているのだ。なんと言うことなんだろう。
私は久しぶりにRAPT理論を読み返してみた。当時興奮してた内容である。そして1つのことに気がついた。
お金
である。どの陰謀論も桁数の多いお金を動かしている彼らに怒っている。何千億とか九州電力と密接に繋がっているとか、利権がどうとか圧倒的な権力と圧倒的なお金の数字に怒っているのだ。
お金には3つある。
私たちが触れるお金
金融のプロが触れるお金
国のプロが触れるお金
消費税は私たちが触れるお金のことだ。そして麻生太郎氏が触れているのは、国のプロが触れるお金である。桁数が全く違うのだ。
山本太郎は消費税のことを話すから国民に支持される。
麻生太郎は巨額なお金に関わるから国民に支持されない。
たったそれだけのことなのだ。
一般の生活において1000億円など必要とするものがあるだろうか?どんなに高級物件だってそんなお金を使う場所すら存在しない。そんなにあっても使い道がない世界で私たちは生活している。
しかし、国レベルでお金を動かす人にはこのような桁数が必要になる。道路を整備したり、公共事業をしたりと動かすものの大きさが違うのだ。
そんな風に目線を合わせれば辻褄があってくる。
家紋が666だって6をひっくり返せば999になる。9は宇宙の数字で6は悪魔の数字なんて向きを変えてしまえばいいだけのことになる。
同じものには2つの側面がある。
1つは悪い面
1つは良い面
全ては2つで1つ。善と悪。0と1。プラスとマイナス。どちらが良いかではなく、これがバランスになる。
ならばこうしよう。
RAPT理論と9理論。
RAPT理論は、正義のため悪を暴く。
9理論は、正義のため善を見つけ出す。
悪を見つけるより善を見つけた方が気分がいい。自分の意志で歩き出す。
フランスの哲学者アランは、
悲観主義は気分によるものであり、
楽観主義は意志によるものである。
楽観主義には意志が必要なのだ。